ハナムスビ オフィシャルブログ

豆料理のレストランを経て、ここ伊那谷で生活を一からスタート 自然の循環の輪に入れさせてもらえるうよう

こたえはない。

先月、親戚の集まりがあり娘と東京に行きました。
その際、「こども哲学プログラム」に一年ぶりに参加。
落ち葉がいっぱいの広場で遊んできました。

こども哲学プログラム
http://kodomotetsugaku.wordpress.com/concept/

体を使って、五感を澄まして、「やりたい気持ち」を大切にして。

一年前、こちらに参加したいと思った動機は、
娘について当時こんなことを考えていたから。
http://hanamusubi87.blog.fc2.com/blog-date-201310-3.html

あれから一年、相変わらず娘は左脳派と見える。
それは尊重しながらも『伊那谷』というフィールドで
「感じること」「体験すること」を重ねながら
どんな化学反応が起きるか楽しみにしている。

そして先日は、伊那市の野外保育「山の遊び舎 はらぺこ」さん主催、
教育学者、森田伸子さん講演の
『子どもと未来と哲学』ワークショップに参加しました。

小学生から80代の方まで集まり
哲学とは?人間と動物の違いは?というお話や
子どもならではの哲学的問いかけの紹介。
例えば

「僕のどの部分が本当の僕なの?(僕の手?僕の足?…・?)」
  *『子どもと哲学を:問いから希望へ』森田伸子さん著 より

仮に手が欠損してしまっても「僕は僕」
でも手は「僕のもの」
でも僕の手がなくなっても「僕」は変わらないのか???
・・・という疑問なのでしょうか。6歳の男の子の問いだそうです。

大人になると、だんだんそういったことを考えなくなる。
頭によぎっても口に出したりフォーカスしたりせず置き去りにする。

講演の後半はディスカッションで、
ある問いについてグループで「対話」しました。
それぞれの意見を出し、言葉、意味などを対話しながら深めていくことで
その人なりの価値観がだんだん浮き彫りになる。
(当日は、そこまで至らなかったですが)

日常に流されて、私自身が
「深く考えること(在り方や価値観について)」「今を感じること」
を忘れてしまっていてはもったいなぁと思った。

4歳の娘については、思考はもう少し先でいい。
自然という他に代えられない先生が身近にいる今、
立ち止まって、眺めて、感じて、忘れて、また感じて、繰り返して。
言葉にはできない何かが内に積もっていけばいいなと思う。

子育てで大切にしていること。
子どもに何を伝えたいか。
親は子どもにどうなってほしいと思い、何をするのか。

きっと親それぞれだと思う。年齢によっても違うでしょう。
性格、食事、知識、身体能力、礼儀、人や社会との関わり方…
その想いを深めていくと、自分の価値観が見えてくるはず。

私たちは、生きる力をつけたくて、つけてほしくて
伊那谷に来た。
無いものを自分でつくること、発想、創造すること。
有ることが当たり前でなく、感謝していただくこと。
カラダ・ココロ、人とのつながりがしなやかで健康であるように。

でも、明確な「こたえ」はない。
親と子どもでは想いが違うかもしれないし、
「結果」なんて当分わからない。

こたえはない。
でも考え、求め、言葉にしていく。
そういうことが哲学なのかもしれない。

まずは娘と今目の前にあるものを眺め、ぼんやりして、
ココロに浮かぶものを気に留めてみたいなぁと思うのでした。

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