ハナムスビ オフィシャルブログ

お豆のレストランをはじめに、こころ・からだの健康を提案していきます。愉しいこと、気持ちいいこと、嬉しいことを健康から!

「感じかた」の未来

感じ方の未来。

脳から。

脳の役割はもちろん多岐にわたるけれど、
まずは、簡単な二つのハタラキに分解される。

INPUT(入力)とOUTPUT(出力)。
つまりINPUT=感覚(刺激を受け取る)と
OUTPUT=運動(身体を動かして要求を果たす)。
単純に言うとこの繰り返し。

そのINPUTとOUTPUTの間に、
「思考、理性、知性、感性」などが挟まってくる。
これを分かりやすく一まとめに心としよう。
INPUT→心→OUTPUT→INPUT・・・
『生』は脳を中心にひたすらループしている・・・

常に自己判断(心)で行動し(OUTPUT・原因)、
その反応を刺激として受け取っている(INPUT・結果)。
つまり、生きているということは常にこのループ、「経験」の積み重ねだということ。

この「経験」を質の良いものにすれば
新しい未来の健康が見えてくるんです。


「経験」は、OUTPUT→INPUT→心→だと書きました。

だからこそ、身体が何よりも大切なんですよ。

生をいきなりスピリチュアルな観点から始めてしまうと、
どうしても実体である身体が抜け落ちてしまうんです。
これは生を豊かにするためには、ずいぶんと遠回りになってしまいます。

だって、今感じているのが現実でしょ?
今あることは、身体が動き、感じるということに他ならないのですから!
動かして、感じる。その結果をどう受け止めるか。
ここに、この生を愉しめる秘密があります。

では、「経験」の質を高めるためにどうするか?

OUTPUTを高める。
すなわち、脳で指令して身体(筋肉)がその通り動くためにトレーニングすること。

トレーニングは世の中に数多あるので、ここでは多く触れません。
単純に運動です。末端(指先)まで意識したものであれば何でもいいです。
つまり脳からの命令がしっかりと行き届いている、
かつ、筋肉がしっかり使えている。コレですね。
水泳、ランニング、ウォ-キング、ティラピス、、、

ハナムスビ流に言うと、田んぼの作業はかなり鍛えられます。
ぬかるみのなかのバランス感覚と、
細かい筋肉のトレーニングはOUTPUTの質を高めるのにもってこいです。

問題はINPUT。
このトレーニングはこれまであまり言われてこなかった。

これ難しいんですね。
なぜなら主体的で、それぞれ違うから体系的に理論的に説明しにくいんです。
そもそも「コレコレはこういう感じ方が正しいです!」
といった時点で、先に情報が入り込んでしまい、
本当に自分が感じていることとギャップが生まれてしまう。

ヨガ、気功なども、INPUT→心→OUTPUTという、
経験を質の良いものにしてくれる英知が詰まったものですが、
その前に型が存在して(当然なのですが)、
その極みを目指そうとする時点で情報が入り込んでしまい、
純粋に感じるものとは違うものとなってしまいます。

これは最大のパラドクスです。
グルも色々と教えてくれるしw

そう、問題は情報なんです。
これが純粋感覚を妨げる一番の要素です。


僕たちは成長する生き物なのですが、成長は経験則に裏付けられる反面、
その経験則が先入観という情報となって感じる前に第一のフィルターがかけられてしまいます。
ああ、これはこういうことだな、と先回りすることがあります。

食も情報が先に入ってしまういい例です。
みんなが美味しいと言っていた、雑誌に載っていた、
そんな簡単なものですでに感じる前のフィルターがかけられてしまうんですね。

僕らは情報で感じているわけではない。
ここをまずは捉えないと質のいい経験が薄れていきます。

感じたまんま。

これを大事にしましょう。
あらゆる先入観、情報を排除して毎度毎度のことにあたる。
常に無心になることです。
行動があるからこういう結果を得たいという期待もあるでしょう。
そこも先入観です。ない方が純粋感覚でのぞめます。

身体の力が抜けていること、姿勢がキレイであること。
これも重要ですね。どこかに力が入っているということは、
無意識レベルで何かを意識しているということ。
表層で思考してなくても、身体に力が入っていれば、純粋感覚を妨げてしまいます。

大切な経験に臨んでいるときは、呼吸がそれを解いてくれます。
呼吸のトレーニングを日々心がけましょう。純粋感覚を得るための基本です。

例えば食事するとき、猫背で食べていたら内臓は圧迫されて食べることが窮屈になり、
これも純粋感覚が鈍ります。
食べることは、舌で味わうだけではありません。
姿勢がスッと抜けていてこそ、キレイに味わうということになります。

INPUT(入力)のされ方がさらに二つの要素に分かれていることも知る必要があります。
受動的か能動的か。
感覚を、雨に降られるがごとく受け取るのか、
好奇心から取に行くかでぜんぜん違うものになります。
日々、身体感覚にエッジを効かせないと難しいのですが、
身体が遠いものになっていると、どうしても受動的になってしまいます。

受動的感覚は感じないようにする行為の積み重ねで起こります。

ストレス。
ストレスにさらさないようにするには、
感じることをシャットアウトすることが最大の自己防衛です。
これは都会の生活でよく起きますね。
生きるためには大切な要素なのですが、それが過剰に働きすぎていて、
大切なINPUTまでも、どこか遠い出来事のようになってしまう。

ここで重要なのは、受動的だとINPUTされているという事実はあるのですが、
多くをスルーしてしまう、ということなのです。
より刺激が強いか、よほど興味があるかだけが「感じた」ことになってしまう。
大切な微細なものもあるのですが、そこに気づけない、、、

これもトレーニング。
もともと備わっているものなので、取り戻すだけです。

おススメは、神社なり、木々のあるところに行ったとき、
鳥の鳴き声や、風の音に耳を澄ませることです。
普段、全てシャットアウトしていたことに気づかされます。
そこには、いく種もの鳥の鳴き声があり、木々は謳い、風は語りかけています。

ONとOFFを使い分けることがいいでしょうね。
やはり都会のストレス環境でONにしたままだと、命が持ちません。
ただ、ここだ、というときには能動的に感覚をとっていきましょう。

食事は必ず。
出汁の味、野菜の甘み、旨み、コク、、、
味蕾(舌の味センサー)が能動的に味をとっていけば、それでいいです。

朝の空気、空気感も良いですね。
空気を匂う、味わう、肌で感じる、聴く・・・
空気は嗅ぐだけのものではありません。

そう、五感というものがクセモノ!
科学的に言うと、それぞれの器官が相応の役割を果たしていることなのですが、
それだけではないです。

目で見ているものは、科学的に言うと物質ってことですが、
空気感も見ているし、状況の流れも見ているし、モノの奥にある真を見ようとしている。
漢字で書くと「観る」ということになります。

聞くもそう。
耳は音だけをキャッチする器官だと思っているかもしれませんが、
ヒトや自然が発している波動、空気感なども聞いています。
これは「聴く」ということになります。
重低音は肌でも感じますしね。
この際、五感はこういうものだ!という、教えられてきたものは捨ててのぞみましょう。

休みに自然の中に入るのも良いですし、農作業をすることもオススメです。

先入観や情報なしに、あるがまま、
自然に感じられるままで純粋感覚を受け取ることが何よりも大切。


より良く生きることを求めていくのならば、「感じかた」抜きに未来はないでしょう。

ここをして初めて、
「心」としましたが、理性、思考、感性などの哲学的・心理的なことが始まっていきます。
それについては今度書きます。

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