ハナムスビ オフィシャルブログ

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時が教えてくれる

「人体 失敗の進化史」

    遠藤 秀紀 著

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最近は人体の進化史、発生学に萌えてます。

一つの細胞からどのように進化したのか?
水中生物からいかに陸生生物になったのか?
四足から二足歩行へどんな飛躍だったのか?

身体の進化を知ることは、
身体の使い方を知ること。

進化には、それを得るための理由が少なからずある。

今ある僕らの身体も進化の途中。
何億年という歳月からみればほんのまばたきの出来事にすぎないけれど、
地球史、宇宙史の連綿と続くストーリーの最先端であることも確かだ。

この本の著者は動物の解剖学者。

たくさんの動物を解剖し、
なぜ、このようなカタチになったのか推測し、
人の骨格ができる過程を比較しながら、
何億という悠久の時をトリップして、その意味を探る。

人が立つためには、
寝ていた骨盤を立てる必要があり、
それゆえ不安定になった内臓を受けるように広く設計されている・・・

二足歩行には他の動物にない、
後ろに蹴る力が必要になり、大臀筋が発達した。

立つためには後ろ重心になる必要があり、
足のかかとを大きくした(これも他の動物にみられない)

などなど。

施術家にとって何と示唆に富んだ本だろう!

強化するところや、
緩めるところが進化から読み取れる。

この本がオモシロく語っているのは、
必要に迫られて何かの機能を作りだすとき、
すでにあった、どこかの部分を借りてきて進化してしまうこと。

著者はそれを設計変更と呼んでいます。

例えばワニは地面にへばりついているから耳を必要とせず、
地面からの振動で物音をキャッチしていた。

ところが空中にて音を捉えなければならなくなったとき、
内耳のシステム(鼓膜~耳小骨)を作り上げるのですが、
原型がない中でどうしたかというと、
あごの奥の骨を変形させて作っていったようなのです。

もともとそのように設計されていなかったのに、
必要に迫られて、近くで違う形で使われていたものが、
新たな機能として誕生する。

進化は決して予定調和ではない。

環境に適応するために予定を大幅に変更してまで、
今必要なものを生み出していく。

この提議でいうと、今いきている生物の全ては、
その進化の洗礼を受けて存在している。

ということはみんな進化のレースの途上にあり、
等しく今を適応するために設計変更を繰り返し、
あるいは原生生物のようにシンプルに変更をせずに種を生きていて、
どの生物に優劣があるかないかなんて関係ないということだ。

答えは、種として地球上から消えたら、
進化の方向性が間違っていたということ。
それだけ。

人間が霊長類のトップなんておこがましいよな。

最終章の一つ手前、
脳の進化からの著者の想いは科学者という域から抜け出て、
一人の人間の哲学としてオモシロい。

この本の表題が意味するところなのか、
人間という存在も、
この生物の歴史にいつまでも残るように進化しているのかはたまた疑問だ。

脳がそれを阻むのか、
脳(思考)を超えて愛に生きるのか、
僕の感想になるけれど、進化をし続けるのならば育むことが透けて見えてくる。

オススメです。

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