ハナムスビ オフィシャルブログ

豆料理のレストランを経て、ここ伊那谷で生活を一からスタート 自然の循環の輪に入れさせてもらえるうよう

もっと自由になろう!

一度、自由を知ると生き方が楽になる。

です。

だって囚われなくていいんですから。

でも囚われている状態、
ある程度のところまで楽です。

ところがホントの自分が
「お~い」
とノックをした瞬間、
囚われを超えてはいけないと
カギをかけてしまうことが多いのではないでしょうか?

本当に感じていることを表現できない・・・

ホントの自分より、
囚われているワタシ・・・

ここで生まれるギャップはストレスとなり、
悩みや、自信喪失を引き起こします。

それは過去うけてきた教育であり、
その国の文化的、宗教的背景であり、
あるいは法律であります。

間違えているという訳でありません。

ヒトが集団で生きるとき、
ある程度の制約や科学的な論拠が必要となってきますから。

ただ、それはあなたではない。

それだけのことです。

集団として必要なエッセンスはあるとしても、
個が全てに拘束される必要などどこにもない。
そうしないといけないと勝手に思っているだけなのです。

気持ちい風呂のようなものです。

そこから出たとき、
自分で考えなきゃいけないという大きな作業が、
あたかも外は寒いと不安を煽るのです。

自立とは金銭的なこともあるかもしれませんが、
本質的には囚われをどうモノにして、
本当の自分を表現できるか?
なのではないでしょうか。

本当の自分を表現できたとき、
それは自由で、生き方が楽になります。
ギャップによるストレスがありませんからね。

そして囚われにはもう一つ、
生きることにおいて損することがあります。

それは気づくことが少なくなることです。

囚われが感性の先陣に来るわけですから、
何か変化などに対して、
今、自分がどう感じるか?よりも、
経験や知識がそれを判断しようとします。

今、起きている変化が大切なのです。

それは過去の経験や
知識で得た事例と似たこともあるかもしれない。

でも、同じではないのです。

それを瞬時に判断してしまったとき、
感性のアンテナはしまわれて、
ドンドン鈍感になっていきます。

しまいに気づくことがなくなっていく。

毎日、毎時、毎分、毎秒フレッシュなのです!

これが事実です。

囚われはみずみずしい、この最高の瞬間というものを、
なにか日々のありふれた出来事として型にはめようとする。

ああ、もったいない!

何かが変わっているのです!

微細な変化かもしれない。
しかし、
それを感知するアンテナを立てていなければ
何も起こっていないことになる・・・

もったいない。

囚われ、少しずつ外していきましょ。

日々生きている実感がアリアリと感じられますよ!

自由は生まれも育ちも関係なく、
誰もが平等に手に入れることができるものなのですから!

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