ハナムスビ オフィシャルブログ

お豆のレストランをはじめに、こころ・からだの健康を提案していきます。愉しいこと、気持ちいいこと、嬉しいことを健康から!

穀霊信仰とハナムスビの稲作

稲刈りが終わり、今年の課題が一つクリアできそうだ。
コメの完全自給!

と言っても諸経費やら何やらで市販のお米よりは高くつく。
場代、トラクターでの代掻き、機械レンタル、、、
来年は費用をもう少し下げていきたいけれど、
機械は自分のものではないし、
機械を使わないとなると時間がとられてしまうから、
その頃合が難しい。

できることはある。
来年につなげていこう。

今年も無農薬無施肥、ただただ草取りに追われた稲作だったけど、
やっぱり銀シャリを口に含んだ時の歓びは他に代えがたい。
うまい!
一粒一粒、ストーリーを内包した、美味しいお米ができた。
(もう一つの田んぼのお米、農林48号は乾燥中)

生まれたてのケイゴは問答無用、
母ちゃんの背中におぶられビシバシ草刈りに駆り出され、
イオリはもっともっと遊びたいだろうけど田んぼにとどめられ、
五月から八月まで家族総出だった。

いい。

それでいい。

僕らはそれを学びに来ているのだから。
それと、
僕らハナムスビが目指す米作りは、
コミュニケーションであり、
コミュニティーの再構築であり、
食品が工業製品であることへのカウンターであり、
良質な成長であり、
穀霊信仰であり、
共進化である!

東アジア圏では稲作が農の始まりだった。
農は狩猟採取と違い余剰分を創り出したので、
定住型の生活を発展させ、
都市を構築し、中央集権を生み出し、
現代につながる文化を花開かせた。

僕ら東アジア圏に住む者は、
お米と共進化しながら今に至る。
あらゆる文化はお米が採れたから発展した。

それがまぎれもない事実で、価値でもある。

古代からお米は霊的な力を持つとされ、
天皇即位時には神人共食といって、
お米を利用し神の領域へとトランスする儀式が未だにあるくらいだ。
穀霊信仰は僕らの基本。

日本という地に生きるということは、
好むと好まざるとにかかわらず、
そういう霊的な背景がバックグラウンドにあるということを忘れないでいたい。

だから僕らも、そんなストーリーを背負ったお米づくりをする。

今年はケイゴをはじめ、
多くの仲間に子供が誕生した(する)。
嬉しい限り。
そんな子供たちの離乳食の一発目に食べてもらいたいし、
お母さんの栄養に食べてほしい。
仏さまにお供えしてほしいし、
病気の回復食に使ってほしい。
あらゆる生活の世代を超えたつながりに僕らのお米が役立つと嬉しい。
そして多くの人の健康に、、、

今年は特に多くの仲間に携わってもらった。
田植え、草刈り、稲刈り。
多くの人がこのお米を育てることで、
その良質なエネルギーが次世代の子どもたちへ、
あるいは先祖様たちへの感謝へと繋がるはずだから。
この場を借りて感謝します。
ありがとう!

もっと、もっと。
そんなお米作りを目指して来年もがんばろっと。

とりあえず、大きく一息。

無事収穫できたことに感謝します。

食は生きるということ。
自分が納得のいくお米がとれることは、
生きることが肯定されるということ。

もっと真摯に高めていきたい。


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今年の稲刈りは少しずつ

9月24日は今年1回目の稲刈り。

の予定でしたが…
連日の雨で田んぼはドロドロ、やむなく稲刈りは延期になりました。

都合がつく方は次週に変更してもらいましたが、
ひと家族は週末我が家に来てもらいました。

都心に在住、イオリと同級生の男の子は虫取り網持参。やる気!
当日は曇り空だったので
田んぼまで歩き、来年の種用の稲を鎌で刈ってもらいました。

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ぬかるんでいる田んぼに入り、稲を握って根元をざくっと刈る。
収穫。その言葉の響きは感謝とともにある。

黄金色になった稲穂がさわさわ揺れる。
あんなに頑張ったけれど雑草のあたまがぴょこぴょこ見える。
他の田んぼは雨風の影響で根元から寝てしまった稲が多いのに、
ハナムスビ田んぼの稲たちはしっかりと立った状態でこうべを垂れている。

2本植えにして、間隔をあけて、
田植えに来てくれた皆さんが苗ひとつずつをしっかりと土に定めてくれて、
陽がさんさん照る中、小雨の中、友人たちが草取りを手伝ってくれて、
稲たちは力強く根を張り、実をつけることができました。

あらためて稲たちを眺めると、この半年のことが思い出されます。


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種類が違うと生長も違う。

今秋は、どこもそうだと思うけれど、雨続きで農の予定を立てづらい。
稲刈り、はさ掛け(天日干し)は
人を呼んで週末にまとめてやりたいところですが、
細切れに作業するしかないかもしれません。

「天気に合わせる」「自然に委ねる」
どうしたって、人間の都合で動かないこともある。
農に関わると、それが身をもってわかる。

今回はみんなで15束ほどの稲を刈っただけですが、
その後男の子はカエルやトンボやバッタを追いかけることに夢中。

畑に戻ってからは
雑草に埋もれたカボチャを探し
その晩のバーベキュー用のピーマンやナスを収穫し
ゴマの実のつけ方やミョウガのなり方を知り

たき火の傍で熱さや煙を感じ
空の色がダイナミックに変化していくさまを見つめ
都会にはない静けさに気づき

日常を過ごしているとは違う、隠れたスイッチがONになったと思う。

私自身、「田舎生活」歴は短いので
友人家族の様子を見て、その感動がわかるし新鮮だし、あらためて意識をする。

ずっと天気がすぐれなかったけれど
すばらしい夕焼けを見せてくれた。
星もたくさん出た。
久しぶりに朝日が強い光を放って山から出てきた。
雨が続いたから、晴れた日の嬉しさが何倍にもなる。

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お天気に合わせながら、
稲刈りは10月1日、8日予定です。


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ひとまず倉庫に干しました。


ボチボチ黄金色へ

ホッと一息、
これを見ると安心しますね。

出穂(しゅっすい)

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小さな花を咲かせ、受粉し、
これから種、米を実らせる段階に成長が入ってきます。

これまで地中で根を伸ばし、
養分、水分を土から吸い上げ地上の茎や葉を育て、
さらにその広がった葉が光合成をして全体の成長を加速させる、、、

自らの骨格をここまで育ててきました。

さて、大人の体格になった稲は、
実り~成熟へとエネルギーを費やしていきます。
その大きな変わり目が出穂。
思春期のよう。

骨格を形成するための成長時には、
全体のシルエットが青みがかった緑色だったのに、
今は黄色。

それだけエネルギーを受粉、
種の形成に力を注いでいるということです。

水がたくさん必要です。

これまで毎週のように来客があり、
その度に田んぼの草刈りを手伝ってもらいました。
田植えから、草取り、
この田んぼに何人が足を入れてくれたのだろう、、、

のべ20人くらいだろうか、、、
ありがたいこと。

生活の大きな出来事にはなるべく多くの人に携わってもらいたい。

気の出入りがある場は、
ヒト、植物、菌、家、場そのものが育つ。

共成長です。

今この瞬間、
お天道様のもと、
ただただ、成長を共にする。
身の回りから地球、宇宙の成長とともに。

ご縁をいただいた人とそれをシェアする。

この循環に稲作は連れて行ってくれる。

昔から祭りやらなんやら、
稲作を中心に事が回っていた。
お金だったくらいだし。

とうぜん食べる、
という生命の最重要課題において
僕ら特にアジア人を長きにわたって養ってくれたことの感謝は尽きない。

だけでない。
ヒト特有の「文化」は稲作なしにはあり得なかったし、
稲作は大変なだけに互助の精神が育まれてきた。

今、稲作をすることは、
長い時間を経て積んできた大切な精神の、
忘れてしまった部分のスイッチをオンにしてくれる。

ほうほう、これこれ、この感覚!
って。

まだまだ去年のお米が残っている。
あと一袋。
(一年もたなそう、残念だ、、、)

毎朝、自分が作ったお米を食べるときの幸福感。
もともと住んでいる人にしたら当たり前のことだろうけど、
移住した僕らからすると何にも代えがたい瞬間だ。

爆発的に大きくないけれど、
こうやって悦に入るひと時が増えていくのが全体として心地いいし、
昔と変わったな~と思う瞬間でもある。

昔だったら楽しみや精神の旅路をドカンと現実から離れたところに求めていたけれど、
なんてことない、日常のそこここに小さな歓びはたくさんあって、
その頻度がたくさんあればあるほどに良質な一日、
一年となっていくんじゃないかと感じている今日この頃。
価値を捉えるメガネが変わったし、
何に気付くかも同じように変わった。

美味しい空気
澄んだ水
そこで採れる美味しいお米。

原点ですね。

成熟まであと一ヶ月半。

まだ気は抜けないけれど、
これから穂が黄金に輝き、風に揺られなびく姿は、
いつか見た景色として僕の中で永遠のものだ。
落ち着く。


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お田植え祭

お田植え

28日土曜日に大人9名、子供8名という大人数が集まり、
無事お田植えが終了。

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ホッとしますね。

芽出しから育苗まで、
多少放っておくものの、
お田植えまでちゃんと育ってくれるか気が気でない。 

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いのりといおり

そして今年は全て自分で段取りをこなさなければならない。
先回りして、余計な動きをしないように、、、

お田植えはお祭りです。

これまで何度もやってきましたが、
大きく共通していることがある。

それはみんなハッピーになるということ。
子どもがいればなおさら。
終始、地味ではあるけれどテンションが上がりぱなし!

この空気感、田中家だけでお田植えをするのはもったいない。

これからの健康、幸福は稲作から始まる、
と言っても言い過ぎではないです。

原点だからです。

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現代の経済活動があるのも、その根底に食べるものがあるから。
誰もそのことを言いませんが、
もし飢饉が訪れて、食べるものが少なくなったら、
お金の価値なんて意味が無くなります。

全て秋の収穫で一年賄えるという見通しが立って初めて成り立つものです。
グローバル経済でさらに見えにくくなっていますが、
食べ物なくして経済は成り立ちません。
速攻でインフレになります。

日本においてはそのベースになるのがお米。
通貨にもなったくらいだから、
その価値は十分に僕らのDNAに刻まれている、はず。

そんなことはさておき、
お金で買える、あまたある商品の一つ、
くらいにしか捉えられていないのが現状でしょう。

これ、健全ではありません。

もし、経済が破たんして、
お金の価値がなくなったとしても、手で稲作はできるのです。
頑張れば家族が賄えるくらいは作れるのです。

さらに栄養学的には豆が作れれば、たんぱく質が取れるので、
お米とお豆で何とかなります。

だから稲作しようよ、というのではなく、
一歩進んで儀式としての稲作をしよう。

今ある裕福な暮らし(昔と比べてという意味で)ができているのも、
全て食べ物が、お米が一年分収穫できるから。

農という人間が連綿と積み上げてきた文化と、
太陽と土と水という、生命が活動するのに必要不可欠な要素を毎年、毎年確認する、、、

稲作を現代の儀式にしよう。
自然との対話、どろんこの子供たち、成長への祈り(子供も稲も)
身体感覚の発見(泥の中に素足で立つことの何と神聖なことよ!)
そして太陽の下で僕らと共に育ったお米を頂くことの尊さ、、、
そしてみんなハッピーになれる!

現代、僕らは特定のイデオロギーや宗教などを押し付けらることはないけれど、
その分、新たな形で大切な、本当に根底にある精神の発露を見出し、
未来に紡いでいくことが必要とされているんじゃないかな。

ハナムスビの大切な儀式。

ひとまず、前半の大きなお祭りが終わり一安心。

これから一ヶ月草取りにひたすら追われる。

瞑想時間の始まり。
(草取りは瞑想!)

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これやらないとね!

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発芽

苗が順調に育っています。

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種を前年から引き継ぐことの喜び、
なかなかなものです。

しっかりと良いところを遺伝したのか、
発育に力強さがある。

去年はビニールハウスどころか庭さえなかったので、
育苗は即興、これがダメだったらアレをする、
という展開慌ただしい流れだった。
こちら
今年は大分落ち着いて育苗ができている。
作業工程を身体にしみこませて、もっと楽な動きを追及していきたい。

苗の方もホッとしているかな。

とはいえ、家にビニールハウスはないので、
あるもので代用。
頂き物でお金をかけずに即席ビニールハウスを作成。
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ポイントは夜、冷えすぎないようにする、ですかね。
今年は去年に比べていきなり暑くならないようなので、
管理も楽です。

さてさて、この調子だと、5月28日(土曜日)に田植えができそう。

良かったら参加してみてくださいね~

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