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ハナムスビ オフィシャルブログ

豆料理のレストランを経て、ここ伊那谷で生活を一からスタート 自然の循環の輪に入れさせてもらえるうよう

不耕起栽培

不耕起栽培
不耕起、つまり耕さない農法。

もともと休耕地だったこの畑は堆積していた栄養素が多くあったこともあり、特に何もしなくても豊作でした。農法をアレコレというよりも、肥料すら上げなくても美味しい野菜ができてたのですが、一昨年あたりからトマトの出来が悪くなり、大根や白菜などの秋野菜も成りが良くない、、、

さてどうしたものかと考えていたら、このと出会い、数多ある農法から不耕起栽培を主にやっていこうとなりました。

正統派の自然農のように、外から何も持ち込まずにその畑だけで完結するような農法(肥料もあげない)にいきなりジャンプすることせず、最小限の持ち込みで循環させていこうと思います。

コンポストをしているので、肥料に循環させるのも目的としてあります。ガチな自然農はそれもできないようなので、今目指しているのは、不耕起有機栽培となるのでしょうか。いずれ、土の状態がとても良くなり肥料すらあげる必要がない、となれば自然農と言えるのかもしれませんが、そこはいずれ。

狙いがいくつかあります。

・耕さないことで土をフカフカにする。

 雨が続けばどんどん締まっていく畑。ここを改良したい。それにはトラクターを畑に入れないで様々な根を掘り起こさないようにする。根は自然のトラクター。せっかく深くまで掘ってくれたのに、わざわざ抜かない。その根と土に隙間があることで水や空気が流れ、微生物が住める。この隙間を大切にしたい。重いトラクターはどうも土を固めてしまう。

・微生物にとって心地よい住処をつくる

 耕うんして表土をむき出しにしてしまうと乾燥して微生物は住めなくなるようです。耕うんせず、刈った草や前年の野菜の残置物を土に覆うことで表土との間に微生物たちの住処が生まれる。細菌、菌糸、粘菌、原虫、虫、、、この、表土と堆積物の間に多様性が生まれることで、土は生きたものになっていく。たくさんの微生物に気持ちよく活動してもらうことにより、多くの有機物、天然のたい肥が作られる。外からエネルギー(肥料)をなるべく持ち込まないことが、この農法の魅力的なところ。
 そのためには多くのプレイヤー達に良い場を提供していくのがヒトの役目。

・酸性になりがちな土を弱酸性に

 不耕起であると同時に、この農法をうまくいかせるためには雑草と言われる、そこここに生えている名のある草たちを管理することが求められます。ハコベ、オオイヌノフグリ、ナズナ、ヒメオドリコソウなどが一面に生えた畑は弱酸性となり、どんな野菜でも育つらしい。
 ちなみにハナムスビの畑は酸性土の代名詞スギナが去年までは多かったのですが、今年はそれが弱まったのか、冬草ではハコベ、オオイヌノフグリが多く、夏草ではアカザが一面を覆ってます。それにしてもアカザの量がとてつもない!草たちの群雄割拠は変化していくので、その後押しをして弱酸性の土に。それにはやはり微生物のハタラキが重要なようです。


このように、植物をどう育てるか?ではなく、それは二の次で、多様性のある土をどう育むか?がベースとなっています。農はどうしても人が介在する営みなので、自然のままとはなりませんが、自然に近い環境を作って植物に気持ちよく生長してもらうのは、お互いの存在意義としてとても有意義なものだと思います。同時に僕らが植物から、土から、自然から学ぶことが増えていく。

こんな期待を不耕起栽培に抱いています。
ただ、これからニ三年、産みの苦しみというのか、病気や虫にやられてしまうことを覚悟しなければならないようです。しかも、ただやられるに任せるのではなく、その環境の変化をよみ取って、この場で独自の解決を見つけていくというもの。たくさん学べそうです。

命ある、美味しい野菜を育てたい。

さて、不耕起なので、畝(うね)が固定されます。
今後、畑の景観が変化しないので、真っすぐ長方形の畝が何本も並ぶ畑はワクワクしないなと、円を作ったり、長方形の畝の角をRにしてみたり、真っ白なキャンパスに、頭を真っ白にして描いてみました。不耕起ゆえ、草が多く生えているけれども、整然として美しく見えるように。

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畑の中心。よく歩くのでチップを敷いて踏み固めないように。迷路みたいでいい。

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今年は初年度だから裸の部分が多い。右ほうれん草、左サンチュ。真ん中はミックスベジタブル。

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長い畝の間に緑肥という、土に漉き込んでそのまま肥料にする草を栽培。

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えん麦 赤クローバー クリムソンクローバー イタリアンライグラス ペレニアルライグラス オーチャードグラス この栽培法は、とにかく草マルチ!

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みんな大好き里芋。けなげな、、、

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ニンジン。

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トウモロコシも草マルチ


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サンマルツァーノ。このトマトを上手に育てたい。

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この栽培法は草マルチとコンパニオンプランツはセット。トマトの脇にバジル。長ネギもトマトのコンパニオンとして植えてみた。どちらが相性がいいだろうか?

45種の野菜を梅雨入り前に植えました。
今年は豆を7種類、トウガラシ系を5種類と断トツですね。
豆は基本ですから。自給率を上げるためにも。

7月から夏野菜が本格的に採れてきます。
早く行き来ができるようになってほしいですね。



補植と落ち穂拾い 

ようやく前半戦の山を越えたところ。

ホッと一息

5月27日から三日間の田植え。
その後、補植(倒れている稲を起こし、植え忘れていたスペースを発見して植えたりする作業)しつつ、ヒエの早速の猛攻に対峙していた。

去年作った、竹ぼうきを改造した田んぼ専用ほうきに効果があったから、集中的に生えているところをガシガシ、表面の泥をひっかくように動かした。根が浅いうちのヒエは、ほうきの先の程よいしなりに上手く表土からはがされる。はがされたヒエはそのまま水に浮かぶので、そうなれば再生しない。

ここでの身体の動きは田植えと違って腰を曲げず直立でいられる。ぬかるみの中で足のバランス感覚を研ぎ澄ませながら、オールをこぐようにほうきで表土を掻く。車が横を通るたびにジッと見ていくのだけど、それはきっと、「なに、田んぼを掃除してんのか?この人は?」とビックリしているのだろう、不思議な光景だ。

一息。

今年の田植えでの気づきは大きなものがあった。

なぜ、毎年米作りをするようになったのか?
相変わらず直観と行動の隙がない生を送っているせいか、気づきはゆっくりと訪れる。

最高に気持ちいい。

これだけのことだった。
身体をフルに動かして、数多の生命を請け負い、自然のキャンパスに想いを描く。
家族、来てくれた仲間、そしてその多くのつながりに感謝しつつ、豊作を願う。

それ以外、何があるというのだろうか!

やはり身体の設計図は身体を動かすようにできている。ご先祖さまから連綿と積み上げてきたその仕組みに沿って動かせば、身体は喜ぶものなんだ。

田植えのあいだ、僕の気持ちは、この広い田んぼに三日で植えきること、その段取りに追われていた。実際田んぼに入っているときは、身体の動かし方、4列が良いのか、5列は欲張り過ぎなのか、植えるときの指の角度、苗をちぎるときいかに根を残すか、、、いわゆる左脳系が稼働していた。
もちろんそこに祈りを込めているのだけど、どうも、「いかにこなすか?」が占めていたようだ。

さて、予定通り三日で田植えが終わり、さあさあ、補植だと勢いに任せて田んぼに入っていたとき、変化を感じた。数多の生命を無事、田んぼというフィールドに移動できたこと(来てくれた仲間の手伝いなくしては無理でした。ありがとう!!)、身体が無事に持ったこと、事故なくすんだこと、多くのクリアすべき課題から解放され、ゆっくりとヌカルミを踏みしめ、空いているところに一本一本丁寧に植えていると、祈りの深度が違うことに気が付いた。

まずもってハイだった。
ランナーズハイがあるように、田んぼハイがある。
家族一年分の膨大なカロリーを得るために、膨大なエネルギーをもって向かい合った。
その山を越えたときの余韻ったら!

この余韻が時の縛りを開放してくれるのか、ここにいるのでも、どこにいるのでもなく、ただただ、一本植える度に37兆個の細胞が放つ祈りがヌカルミのブラックホールに吸い込まれていくのを感じた。

僕らは何か祈りをささげるとき、空間を介してテレポートするように思っているフシがあるけれど、土を介して、あるいは重力を介して祈りが伝達することもあるんじゃないかと思った次第。

補植は、田植えが終わったあとの、時間的、体力的余裕でやるものだから、面倒くさいとやらない人も多い。

でも、一年、それなりに苦労して作るのだから、少しでも空いているスペースがあれば植えていきたい。欲でもあるし、もったいないという心でもあるし、何よりも、この余韻と時の感覚が好きだ。

それは落ち穂拾いも同じで、稲刈りという大きな仕事が終わった後、その余韻でやる。もちろんやらなくてもいい。ただ、その余韻と時の感覚に深く入っていく、ある種の心地よさ、それは祈りの本質なのだろうか、ただすべてを受け入れ、感謝をささげる、、、
普段の生活で日常の些事に追われていると、そう簡単にできることではない。

今年の田植えは、補植と落ち穂拾いという、本流ではない支流の目立たない流れに、永遠を見出すことができた。

自然との共生、というと頭では分かっているものの、雲をつかむようでわかりにくい。
身体をフルに使って自然と向き合ったとき、その後に来る高揚感が身体とその取り巻く環境(自然)を一つにさせてくれる。

自然に入る
身体をフルにつかう

そう進化してきたし、
これが祈りの民である僕らの本質なんだと思う。

ハナムスビの誕生日

ハナムスビ お豆のレストランが不動前にてオープンしたのは
5年前の2月22日だった。

伊那谷にフィールドを移し、2年半。
住宅兼店舗探し、そして改装。新しい命の誕生、そして0歳児のいる生活。
実生活では、稲作、畑といった農作業、山菜採りや保存食づくりや手仕事など…
そんなこんなを経て、ようやく「ハナムスビ」を改めて始めるときが来た。

2017年2月22日。

事業届けとしては諸々を継続してあったので、形としては何もないけれど
2・22、私たちの気持ちの上で、この日をハナムスビ再開とした。
それから一ヶ月経ち、今更ですが私的なことを書いてみます。

ハナムスビ構想をカズさんから聞かされたとき、娘が1歳前後だった。
整体師としてやってきたし、いきなり飲食業を営むなんて無理じゃないのかと思った。
それに、それまでは何にでも挑戦できるような気がしていたけれど、
子どもがいる自分の動ける範囲というものはとても狭いと理解しているときだった。
(蛇足ですが、それを疎ましく思ったのではなく、逆に子どもが拓いてくれた世界もあります。
 ただ、実質的に「長く働く」「身軽に動く」「睡眠時間を削る」などができないという意味で限界がある、ということ)

最初は本当にできるか懐疑的だったけれど、協力者がたくさんいて実現できた。
ハナムスビはとても魅力的な場だったし、本当にあのときあの場で営めて良かった。

再開を考えたとき、やはり目の前には1歳の息子がいて。
私はあの頃と同じような理由で「出来ないこと」「無理したくないこと」がある。
今回は、子どもを含めた4人でのスタート。
ハナムスビとしての夢やカズさんの提案とすり合わないこともある。
具体的に整体以外の何が出来るのか、ハナムスビの姿を私自身が描けなかった。

そんな折、癌を患っていた知人が他界した。
秋の終わり頃、家族と過ごすための最後の退院が決まってすぐに連絡が来た。
冬になる前に遊びに行きたいんだけど、もうそっちは寒い?と。
春まで生きてられるかわからない、という。
体調が心配だけど来るなら歓迎するという旨の返事をしたら、
「行けるか分からないけど、そういう場を用意してくれているだけで救い」と返ってきた。

『救い』
それほど親しくしている人ではなかった。ほんの少しの期間、同じ職場で働いただけ。
ずっと福祉の仕事に従事して、人をつなぐことや場づくりに熱心だった人。
何をもって、まだ始動していなかったハナムスビを救いと思ってくれたのかはわからない。
その後連絡が途絶え、結局、彼の来訪はかなわなかったけれど。

このやり取り、お別れがあって
私は出来ないことを挙げるより、心の在り方を修正していこうと思った。
確かに子どもとの生活での制限、出来ないこともあるのだけど、
ハナムスビに関わってくれる方たちに心地よく過ごしてもらいたいという気持ちにまでブレーキをかけていた。
喜んでもらいたい、楽しんでもらいたい、癒されてもらいたい。ほんの少しでも役に立ちたい。
では、何をするのか。だから、これをしよう。そういう流れでいいんだよね。
時間とともに変化をしながらハナムスビが出来ることを模索しよう。

そんなふうに思えた2・22
ハナムスビの誕生日。

今年中にはリニューアルするハナムスビのホームページの文言をここに。

コンセプト より
ハナムスビはココロとカラダ、人と人、人と自然…。離れ離れになってしまったこれらを丁寧にムスブ場、新しいコミュニケーションを育てる場でありたい… そんな願いから生まれました。 ハナムスビはみんなに参加してもらうことで成長するお店です。

村プロジェクト 将来やりたいこと より
 それは平和で、幸福で、健康で、循環して、農に触れていて、いろんな人とモチツモタレツの関係ができていて、共に学び、成長していく村をみんなで創っていくこと。世界一ハッピーな村! みんなで生み出していきたいと思っています。

干し柿 2016

今年もお世話になった方々に、干し柿を送ることができた。

手帳を見ると11月1日に「柿開始」と走り書きしてあった。
風がぐんと冷たくなる頃、他の農作物が落ち着く頃、
この地域の年配の方たちは「そろそろ」と言って渋柿を収穫する。

今年はカズさんが「自由に採っていい」と聞きつけた柿の木に突進して
市田柿をごっそり採ってきた。
とは言っても二番手三番手で、小さめの市田柿たち。その数600個。

その日から柿むきの日々。
洗って、皮むいて、紐でつなげて、干して・・・
後半になると柿が柔らかくなる。貧乏性の私たちはスピードを上げてむいていく。

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この吊るされた姿がかわいい。


数日後、お隣の農家さんが「うち、もう柿採り終わったから残り自由に採っていいよ」と。
こちらは、ひらたね柿。大ぶりで甘く仕上がる。

キラーーーン
干し柿ラブのカズさん、早起きして仕事の前に収穫に向かう。その数100個。
また洗ってむいて干しての作業が始まる。

感覚がマヒしてきた私「こんなのすぐむけちゃうから、もう一回採ってこれば?」
「よしきた!!」
さらに収穫、その数100個。

こうして今年も柿のカーテンの出来上がり。

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うん、満足。


昼間はからっと晴れ、朝晩は冷え、風も適度に吹いた。
(去年は11月がとても暖かく、カビにやられた方も多かった。我が家も扇風機回したなぁ)
途中雪が降ったこともあったけれど、月日の蓄積が渋さを甘味に変えていった。

ただ干してあるだけではないハナムスビ干し柿。
毎日干し柿を愛でているカズさん
あれ、姿が見えないなーと思うと、外で干し柿すべてを丁寧に揉んでいる。
味見しては「しまった、揉むのが遅かったかも!硬くなってる!」
・・・大変過保護に育てていました。

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あまりに干し柿を愛しているので、「干し柿王子」と呼んでやりました。


そんな努力と天の恵みが合わさり、12月中旬
黒く変色し、粉もふいて、甘さがぎゅっと濃縮された干し柿が出来上がりました。

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市田柿

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ひらたね柿

それぞれの個性もまた美味しく愉しめる。

目標は「あんこを越える」
だそうです。達成したら王子から王に昇格するとか・・・
食べる度に一つ一つの干し柿を講評、どれだけ幸せか毎回語る王子です。

おかげさまで皆さんに喜んでもらい、もちろん家族も毎日食べ(11ヶ月のケイゴも)、
冬のお愉しみが続きます。

ご自由にお使いくだされ

意識が肉体を超えて宇宙とつながるものではなく、
その境地は、
聖地・約束の地を自分の内に見出し、
今いる場で肉体を使って創造していくことにあると思う。

意識だけがそこに行くのではなく、
肉体を使った場の創造こそ、そこに誘われる。

直観と実践。
観察と気づき。
肉体と感覚。

確かなものにしっかりとフォーカスして、
一つ一つ生み出していく、、、

要するに、
行動
経験

誰かの言葉や、何かが起きるのを待っているのでは、
何も起こらない。
時代の変化は、
個の気づき、全体性への個々のチャレンジを要求している。
もう、すでにわかっているのだから。

ウッドデッキ
つくりました。
(いつもながら仰仰しい始まり!)

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この場にして、ここしかない!
という空間に。

最高の気が流れている。

ここで口をあんぐり開けてボケ~っとするもよし。
ヨガ、ストレッチ、呼吸法をするもよし。
瞑想してもいい。
ちゃぶ台出してご飯食べるのならば悦びにあふれるし、
昼寝をすれば、もうあの世。
ギターを鳴らせばいいフレーズが自ずと奏でてくれる。

この家と出会ってから、
ずっと構想していた計画。

場と空間。

場の持つポテンシャル、精神をよく読み取り、
それに合わせるよう生活の空間を創っていく。

家自体は中古で元々前に住んでいた人が創ったものだから、
おかしなところもたくさんあるけれど、
それも活かしつつ、かつシンプルに。

大宇宙の一点として、
一点という生活環境から大宇宙へ。
その経路に不自然なものを挟み込まない。

例えば無理クリに作った木の仕切り、
あるいは大きな塀。

これは、人の目線から守っても、
自分の生活が大宇宙と断絶される。
そんなものは最小限にとどめて、きれいに見せる必要がある。

ウッドデッキは外でありながら、中へ通じる緩衝地帯。
裸足で家から外に出てもいいし、外から靴のまま上がってもいい。
そういう空間があることが、生活をスムーズにする。

日本の家屋で言えば土間だ。
外と中の緩衝地帯。
泥付きの大根を内に入れるならば土間から入れて洗えば何てことない。
雨の日、びしょぬれになったら土間で脱げばいい。

大自然の一部としての家、
生活環境が大自然とわけ隔てられず、
周りの生物、場と調和している、、、

そんな空間づくりが、
約束の地の創造になっていくかな。

今年の大仕事の一つが終わった。
次は屋根裏部屋を子どもの遊び場に。
冬の宿題。

ワンダーランド創らなきゃ。

屋根裏部屋の、あの独特な雰囲気。
基地であり、独りになれる場所であり、想像を駆り立てる、、、

僕としては木と漆喰で洞窟のようにしたいけど、
娘はペンキを塗りたいという、、、
どうなるやら、、、

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今回は基礎の作り方を学んだ。ここで全てが決まってしまうほど大切でいて、
難易度が高い。

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助手イオリ。色々手伝ってくれた。

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遠くを見てたそがれ。いや、スイカの種をピッピ飛ばしているところかも。

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ギターでも持てれば格好がつくけどインパクト。


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