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ハナムスビ オフィシャルブログ

豆料理のレストランを経て、ここ伊那谷で生活を一からスタート 自然の循環の輪に入れさせてもらえるうよう

臼を創ろう! 

臼創り、二年目。

「いい欅(ケヤキ)があるからなにか作ろうよ」
盛木材の盛ちゃんの言葉から始まった臼創り。

乾燥させながらゆっくり創りこむから出来上がりに最低3年かかる。

去年は(こちら)欅を切り出したので、
今年は外観の仕上げと、中の荒削りをします。

「明日のお昼、お餅つこうか?」
と前日の夜用意して気軽に食べられるような、それほど大きくない臼から、
大きめの臼までサイズが選べます。

自分で創った臼で、美味しい餅を食べるのは歓び以外の何物でもない、、、
その臼でついた餅で鏡餅をつくり、その年の福を呼び寄せる、、、
最高じゃないですか。

周りの、愛する人たちに鏡餅を。
これほどこもった鏡餅もなかなか。

そう、こういう福を呼び寄せる行事、しきたりくらい手を抜くのをやめたいもの。
スーパーで機械が作ったものを買ってすませる、ではなく、
福のために時間を費やし、手を使う。
気モチの問題だから。

そう想うと、
やはりモチ米を作るところから始めたくなる。
一年、身体を整え、心を調和させながら稲作をし、
年末、収穫したモチ米で来年の福を呼び寄せる、、、

いいですね。

さあ、まずはみんなで臼を創ろう!!!

数が限られるので早めにご連絡ください。

日時 11月10日(土曜日) 9時から16時頃まで
場所 盛木材(伊那市高遠)
費用 12000円

一日かかるので、お昼ごはんは持参となります。

作業内容は、外観の切りだし、臼の荒堀り、杵の製作となります。
マイチェンソーがあれば、作業がはかどります。

子どもたちとワイワイやりながら、福をよぶ臼をみんなで創ろう。

夏野菜と子どもたち。

ピーマンをふたつとってきてくれる?

とお願いしたら、はーい!と澄んだ返事をし、
タタタっと玄関を出て、畑に走り、ちょうどいい大きさのピーマンを持ってきてくれた娘。

正直、「えー」とか「今はできない」と返されると思っていたので、
嬉しい裏切りとしてその場面をよく覚えている。

作っていたのが大好きなピーマンの肉詰めだったからかもしれないけれど。
タネが少し多くて、畑で実っているピーマンの追加がほしかったのです。

娘は去年ほどは農作業をしたがらなくなった。
それでも何かしら関わってくれているし、いろいろなことを把握し、記憶している。

息子は、私が畑に出るとたいてい追いかけてくる。
左右逆の長靴をはいて、「おかーちゃーん」と呼びながら雑草をかき分けて来る。

食べごろのトマトを見つけると「食べていーい?」と聞きながら
既に口に入れようとしている。
「うまーい!」と言ってしばらくトマトの傍から離れないので、
私はその隙に他の野菜を収穫したり草むしりをする。

夏の終わりはトマト以外にも興味を示し、ナスやオクラやピーマンも採ってくれた。
ちゃんと大きさを見極め、形や色が変だと思うと、切っていいのか確認する。

きゅうりはサラダに入ったものや薄く切ったものは食べない。
でも1本を長くスティック状に切ると、何本も食べる。

今年の夏は暑すぎて雨が降らない期間が長すぎて、
人間も野菜たちも疲弊したような気がする。
初めて冷房が要るかもと思うくらいだったけど、なんとかなんとか乗り切った。
朝晩ちゃんと涼しくなるのが救いだったし、
こんな環境でも根が水分を探して育ってくれた夏野菜のおかげだなと思う。

娘が日記にじゅわっと感を綴るほど美味しかったトウモロコシは8月初めまで。
夏の定番、採れたて枝豆の甘さも堪能。(水不足がひびいて収量は少なかった)
加熱用のトマトの保存も先週終わらせた。

アブラゼミはまだ鳴いているけれど、ヒグラシのハーモニーはとっくに聴こえない。
夜になると秋の虫があちこちで鳴いている。
蛙が減って、トンボが増えて、稲穂がこうべを垂れはじめ
残暑は厳しくてまだ汗ばむ陽気でありつつも、自然界では秋が始まっている。

毎日があっという間で、なんでこんなにせわしないのかと振り返ると、
共働きで2人の子どもがいる夏って初めてだったんだ。と気づく。
稲作やっていたら、今頃倒れていたかもしれない・・・

秋は秋で収穫もイベントも盛りだくさん。
ありがたいことにもう小学校は2学期が始まって、今日は8月最後の休日。
ちょっと立ち止まって、野菜と子どもの成長を綴ってみたのでした。

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郷愁のトルティーヤ

なぜあの時メキシコの地に立ったのかは、よく分からない。
21歳の頃、もう、四半世紀も前のこと。

とにかく遠くに行き、言葉や習慣の全く異質なところに身を寄せたかった、自分にインドはまだ早いと思っていて、むしろラテン気質だと勝手に思い込んでいたからかもしれない。

そうだ、デッドのオークランドのショウで、隣にいたヒッピーが「グアテマラいいぞ~」と教えてくれたのが大きい。

中米に半年くらいいた。
メキシコ、グアテマラを中心に、シティーにジャングルに、自由気ままに行き先を決めていた。

ペンションアミーゴのケンさんを中心とした住民は一体何をしているのだろうか?
ギター一本で放浪していたジプシーのセルジオ(後に殺人者だと知った、、、)はどこへ行ったのだろうか?

中米、、、

トルティーヤとサルサとインスタントコーヒー(コーヒー豆が取れるのにインスタントの怪があった)は常にあり、サルサは家庭の味というのか、辛味の強いものから薬味の強いものまで幅広かった思い出がある。

トルティーヤ
僕がその存在を知ったのは十代のころアメリカンレストランで働いていたころだ。
メニューにタコスがあった。

シーズニングで炒めたひき肉、レタス、トマト、玉ねぎ、チーズを挟み、お好みでサルサ、サワークリームをトッピングっするというもの。その手のレストランではおなじみの、のちにアメリカへよく行くようになってからはタコベルというファーストフードでお世話になった、あのスタイルだ(タコベルは野菜が少なく、もっと粗雑な食べ物だった)

ところがメキシコ、中米ではそんな食べ方をしていなかった。

トルティーヤを何も挟まず葉巻のようにクルクルクルと巻いて、おかずをスプーンなりで口に運んでから、その巻いたトルティーヤを食べる、、、器に残った微妙な食べ残しをすくうためにトルティーヤを使うこともあったけど、最初から何か具を挟むことはなかった。

すなわち僕が世界を知らなかった頃、メキシコ何ぞや?を思い描いて、タコスがあるぞ!とかってに決めつけていたのは、実はアメリカのメキシコ風の食べ物だったのだ。

滞在中、主食ゆえ大変お世話になった食べ物、トルティーヤ。
せっかくだから作ってみよう。


そんな気になるのは、家に製粉機があるから。

ポップコーン用につくったコーンが余っていたのでそれを製粉してみた。

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小麦に比べて、コーンをひくと熱をもつ。

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小麦もひいた。

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キレイな、光沢のない黄色。

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コーンの量が少なかったので、小麦、そのふすまも混ぜた。

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その対照的な色にしばらくハマっていた。

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指でグルグルうずを描いてみた。


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それを円を描くようにふるってみた。三位一体のイーヤンだね!

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トルティーヤ焼けた。ん、、、もっと水分量を多めにタネを作るべきだったか、硬い。

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これは外せない。田中家おなじみのワカモレ~。今度トルティーヤチップス作ってもいい。


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タコス! パクチーもりもりで。

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昼はうどん、夜タコスな粉もんの一日。

皮はふすまが多く、コーンが少なかったせいか、ふすまの雑味の味が濃く出てしまった。
400グラムの粉に対してレシピでは300グラムの水だったのだけど、普段、麺、餃子の皮ではそんなに入れないので、経験的に水の量を少なくしたら皮が硬くなった、、、のかもしれないし、そもそもそれぞれの粉がパサつくのかもしれない。

次はブリトーかな。
具材的にはブリトーのほうが遊べる。

2018・畑のようす

4月から徐々に種まきや苗づくりをしている。
じゃがいも、葉もの(レタスやほうれん草)に始まり、
6月に入って落花生やとうがらしの定植。

150坪の畑の見取り図によると、30種類の野菜が植わっている。
30!!
数えてみてびっくり。いつのまに!
まだオクラやモロヘイヤも控えている。

カズさんが土を耕し、丁寧に畝をつくってくれる。
今年は稲作をしない分、畑に手をかけられる。
とは言っても気を抜くと雑草が一気に増える。

どこから種が飛んでくるんだろう。
黙々と雑草を抜く作業は嫌いではないけれど、
その繁殖の勢いに感心するけれど、
無農薬の畑、野菜づくりにとって大変なのはひたすら雑草と害虫。
敵にしないで共存する方法、とか読んだり聞いたりするけれど、実際はなかなか。

時間、経験、知恵。
土づくりは奥が深い。

陽ざしが強くなってきた。
今朝5時に畑に出たら、涼やかで朝日が力強くて、
畑仕事はやっぱり朝早くがいいな。

2018・畑の記録

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豆系は元気がいい。さすが!
手前はスナップエンドウ、モロッコいんげん、枝豆と続く。

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毎年、孫・ひ孫株を育てているイチゴ。
昨年東京から遊びに来た友人がイチゴ専用のスペースをつくってくれた。
毎日赤い実が見られ、写真を撮る前に2歳の息子に食べられている。
娘は「食べていい?」と聞くけど、息子は勝手に口に入れる。

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今が旬のほうれん草。
家計を気にせず、好きなだけモリモリ食べられるってありがたい!

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ジャガイモの花が咲き始めた。
雑草取りながら虫チェック、退治も日課。

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ブロッコリーは葉が元気だった。
でも最近虫がついてきたらしく・・・あぁ見たくない。

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サトイモの葉も出てきた。
特に水を必要とするから、朝夕水やり。でももう土が乾いてる・・・


この時期は毎年畑のブログを書いている。
種蒔いて、間引きして、水をやって、と作業は変わらないけれど、
毎年天候は違うし、育ち方も違う。

作物を育て続ける、この営みを大切にしたい。




田植えをしない5月を過ごす

今年は田植えしないけど、どんな気持ち?
ふと、7歳の娘に尋ねた。

「・・・なんとも言えない気持ち。」

はっきりとしない返事に、続けて聞いてしまう。
お友だちが来なくて寂しい?
ちょっとは田んぼに入りたい?
土日に遊ぶ時間が増えるから嬉しい?
自分たちのお米が食べられなくて悲しい?

娘は少し考え、全部そんなかんじだけど、と前置きして
「心の言葉は、言えないんだよ。
心の中では変な英語みたいな言葉でしゃべってるから、何か違うの」
と返ってきた。

そうなのか!

年齢よりしっかりしているし、話も大人びている娘。
ついつい油断していたけれど、確かに心の中のことを言葉に表すのって難しい。
語彙力、というだけでなく、気持ちを表現すること、相手に伝えること…
大人だって苦労する。

ましてや
人間関係や新しい体験を通して、複雑な感情を味わっているだろうお年頃、
「楽しい」「嬉しい」「悲しい」
と表すだけでは足りない、深い様々な気持ちを抱えているのでしょう。

ただ、それを「変な英語みたいな言葉」と言ってくれたことに、感心した。
それはたぶん、今の娘だからできる表現。
「お母さんは、心の中は日本語でしゃべってる?」と聞かれたけれど!
私も小さい頃は気持ちに言語を必要としなかったのかな。あぁもう覚えていなくて残念。

今年は(おそらく数年間は)ハナムスビでお米作りをしない。
それは、現在の家族の状況を考慮してのことだけど、
やっぱり寂しい気持ちはある。
やるかやらないか、どちらかしか選択できないし、
もし今年も稲作をしていたら後悔することになったと想像できる。

お米作りを「しない」ことにした理由は説明できるけど、
そのことに対する気持ちは私も複雑で、語るには時間を要する。

そして、思ったことを正確に表現するなんて実際にはできないんだよなぁと
気づかされた。

伊那谷来る前も、ずっとピースシードさんの田んぼを中心にお米作りに関わっていたから
子どもたちがお腹にいるときも、背中におぶってでも、田んぼに入って作業していたから
こんな静かな4、5月を過ごすことはなかった。
(いや、十分やること満載ですけどね)

あちこちの田んぼに水が張られ、苗が植わっていく。
今年は、それを眺めるだけ。

美しいけれど、切ない。

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去年の青空と田んぼ




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